第41話「遠い土漠の彼方(1)」
ジジとルークは廊下を歩いていた。
「お前に機体を一つ任せたい」
ふとルークが口を開く。
声は低く、顔を合わせて喋らないため、独り言のようだった。
「受けよう」
ジジは頷いた。
ルークが独り言のように問いかける時は、「問う」というのではなく己の中で決まった事を喋っているのだ。
この男は変わらんな。
ジジは苦笑いをすると頷いた。
「お前には因縁深い機体だろうが乗ってくれるか」
「熟慮したいのだが、戦は時を待ってくれそうに無い。気にするな」
ああ。 そう言ってルークは頷いた。
騎士庁の地下格納庫では差し迫った出撃に整備兵達が慌しく作業を進めていた。
彼らは通り過ぎる時、歩きながら敬礼をする。
礼式に五月蝿いルークがこの様な行為を許しているのか。
「融通が利くな」
「今は戦時だ大事がなければ作業を優先させている」
「そうだな」
誰一人として休んでいる者は居なかった。
リクセントが攻囲に晒されていてからずっと寝ていないのだろう、動きに疲労は見えた。
目が血走り。
服は油にまみれ。
目だけが獣のように輝いていた。
前線に立たない彼らですら今回の戦の意味を噛み締めているようだった。
「敗北は許されん。この敗北は父祖の誇りを穢す事と同じだ」
ルークは叫んだ。
誰に言った訳でもない咆哮は波紋が広がり、ルークに対して視線が集まる。
皆…・。
頷いた。
栄光のためではない。
失った誇りを取り戻す。
噛み締めると作業を続けた。
「……良い兵を育てるな」
「まだまだだ。あと10年は人を育てながら人材を集めるしかない」
「10年後か」
「きっと変わらんさ。死ぬまで寡兵で戦う事を定められた軍だ。 俺はその葛藤を抱いたまま死にたい」
ジジは薄暗い情熱を胸に滾らせているこの男が好きだった。
改めてこの男が好きだという事を実感した。
年月を重ねようと胸の炎を絶やさないこの男の執念が、戦の中でしか生きる事の出来ない自分の孤独感を打ち払う。
同じ生き方しか出来ない男が居るというだけで満ち足りた気持ちだった。
「俺の機体は?」
「これだ」
目の前には紅の甲冑を着込んだロボットが居た。
ユメの故郷に居た古の武人達はこの様な鎧を着ていたらしい。
甲冑らしい意匠が各所に織り込まれている。
ジジは目を凝らすと肩と腰の増加武装の装甲の隙間にコンテナパックの積載されている事を見抜いた。
一見して両肩両腰の巨大な増加武装に気を取られるがその核たる人型の機体そのものの体系はマッシブな印象があった。
何より旧世代的な姿形のこの機体は、俺に戦士が使うべき武器そのものである事を直感に訴えていた。
「核(コア)の機体を含め5基のテスラドライブが装備され、最高出力時は従来機では追いすがる事すら許さない加速性を発揮する。 核となる機体の動力源は特機に採用されているプラズマジェネレーターの四型。 特機すら凌ぐパワーとPTやAMを上回り、運動性と機動の再現性の高さを持つ。 開発者曰く、この時代に存在する機動兵器を狩るべく生まれた、生粋の狩人だ」
ルークは目の前の機体を狩人だと言い切った。
目の前の敵全てを獲物にしてしまえるという事か。
ふと、眼前の紅い機体を駆って戦場を疾駆する事を想像した。
疾風と化した己が戦場を掌握する。
それが出来ると言うのだろうか?
「……まるでこれは」
「言ったろう、因縁深いと」
「開発者はカミュだな」
「分かるか?」
「この搭乗者を一切気遣わない暴君の様な設計は彼女しかいないな」
「だが…‥これは彼女の後期の作か?」
「初期に設計され、今になって再設計を施された」
「やはりな……古今息づくはずだ」
ジジは哀愁を漂わせながら嗤った。
嫌味はまるで無く、紅い機体に対して微笑んでいる。
これは俺か。
ああ、この紅い甲冑を纏う機体こそが俺か。
「乗るか?」
「乗るよ。 こいつは俺の為に作られたのではないかと思える」
そう思えた。
「彼女の心に映った俺の姿なのだろうよ。」
俺にとっても彼女にとっても10年前の事件はお互いを意識させる契機になったのだろう。
彼女は己の創った機体を統べる者を求め。
俺は膂力を発揮し尽くす事の出来る機体を求めた。
言葉を交わす事はなかったが、心は絶えず交わっていた。
ジジはひとりごちして頷いた。
「心に映る、か」
ルークはジジの表情を見た。
穏やかな表情だった。
よく見ると肩が戦慄いている。
この男は心が震えているのだな。
そうだ。
俺もこの紅い機体を見た時にこの機体はお前であると思った。
「この紅い甲冑に名前は在るのか?」
ジジが聞いた。
ルークはこの機体に型番号すら無い事を思い出した。
「無い。 お前が名前を呼んでやれ」
ジジの身体から戦慄きが収まり。
すう。と息を吸い込んだ。
「良ぅし!紅い鎧よお前の名前は……マイソード!」
腹の底から溜まった気迫は咆哮となり、言葉となった。
「人の国の機体をマイソード(自分の剣)か……だが、今はそう思える」
ルークは頷いた。
目の前には戦いを待つマイソードだけが二人を見下ろしていた。